芸能 山川豊が49歳誕生日に紅白出場へ気勢
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山川豊が49歳誕生日に紅白出場へ気勢 |
演歌歌手山川豊が49歳の誕生日を迎えた15日、都内でNHK紅白歌合戦出場に向けて気勢を上げた。デビュー25周年の一昨年は「海の匂いのお母さん」で11回目の出場を果たしたが、昨年は出場ならず。「1年出ないと10年も出ていない気がするんだ」。この日は、ゲンを担ごうと紅白のレースクイーンを伴い、40代ラストイヤーへの意気込みをみせた。1月発売の「ニューヨーク物語り」が10万枚を突破。12月には初のダンスベストCDを発売する。 |
山川 豊(やまかわゆたか、1958年10月15日 - )は、演歌歌手である。 漁師演歌の最高峰、鳥羽一郎の実弟としても知られる。「函館本線」(1981年)にてデビュー。新人賞を総なめした。(近藤真彦と同期) 以来、「放浪ごころ」(1982年)、「港酒場」(1987年)、「途中下車」(1994年)などなど、旅情感募る味わいソングで多くの人情派ピープルから熱い支持を集めているようだ。また、高身長、筋肉隆々の痩せ型、幅広肩、そして何より小顔でジャパニーズ・ダンディズムをギュッと凝縮したかのようなルックスも大きな魅力。 2006年3月に「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに出演した際、「最近社交ダンスに嵌っており、現在取得の更に上級の資格取得の為に奮闘している」との事。 目次 [非表示] 1 プロフィール 2 主な作品 3 テレビ出演時のエピソード 4 備考 5 外部リンク [編集] プロフィール 本名 木村春次 血液型 B型 出身地 三重県鳥羽市石鏡町 身長 178cm 趣味 ギター、ボクシング デビュー 1981年 デビュー曲 「函館本線」 所属レコード会社 東芝EMI 所属事務所 長良プロダクション 取得ライセンス ガス溶接技能者 ボクシングC級トレーナー [編集] 主な作品 函館本線 夜桜 面影本線 逢えてよかった 港のブルース 流氷子守歌 愛待草より アメリカ橋 酒は男の子守歌 酒場のろくでなし 男のららばい 泣かないで 途中下車 おふくろよ 夕日の街角 海峡本線 わかれ雪 雪舞橋 ときめきワルツ 哀愁の街に霧が降る しぐれ川 きずな 友情-とも- 春から夏へと(「やまかわ豊」名義による自作曲。アルバムに収録) ニューヨーク物語り(つんく♂プロデュース) [編集] テレビ出演時のエピソード クイズ!ヘキサゴンIIでは、珍解答を連発している。また、稀に問題を聞き逃すこともあり「何?」「もういっぺん問題読んで」と言う。 「クイズ$ミリオネア」(2006年12月7日放送)でも、つまらない昔話でお茶を濁した挙句、早々とライフラインを使用後、10問目の日本史問題、大阪夏の陣で、豊臣氏を滅ぼした武将を、徳川家康を選択しないで上杉謙信を選んで終了する「不勉強」ぶりを披露して撃沈した。 [編集] 備考 当初、山川 豊という芸名でのデビューは予定されていなかった。同じ事務所で先輩である橋幸夫のマネージャーが、山川のデビュー直前に階段から落ちて転落死したため、亡くなったマネージャーを哀悼する形で、マネージャーの名前である「山川 豊」という名前を、そのまま山川が芸名として名乗ってデビューすることになり、今日に至る。 1981年、兄の鳥羽一郎が日本歌謡大賞に山川がノミネートされているのをテレビで見てたまらず会場の日本武道館に直行。警備員の制止を振り切り(鳥羽はデビュー前だった)放送音楽新人賞を受賞した山川を鳥羽が抱擁する一幕があった。 野球にも造詣が深く、大の巨人ファン(お気に入りは二岡智宏)。2007年8月22放送のラジオ日本ジャイアンツナイターでゲスト出演(対中日戦。この日の解説は中畑清。実況は吉田填一郎)した(ラジオ日本によるポッドキャスト音源 |
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